父の愛したレストラン

久し振りに、外食をしてきました。母の誕生日祝いを兼ねて、父のお気に入りだったフランス料理店で。これまでも家族の誕生日や両親の結婚記念日に、ときどきその店で食事をしてました。が、一時期、連休になると毎日のようにその店に家族で通っていた時期があります。

それは、父の癌が見つかってしばらくしてからのことでした。医者から「治るとは思わない方がいい、残された時間をいかに過ごすかが大事」と告げられ、入院する前に一緒に旅行に行こうよ、と何度か父をせっついたら、母に「旅行に行くより、毎日あの店に食事に連れてってくれる方がうれしいなぁ」と漏らしたそうです。それを聞き、だったら毎日食事に行こうじゃないの、ということに。連休になると連日予約を取って、そろって食事に行ったものです。「うちのダイニングは遠いねぇ」などと、ふざけて笑いながら。

きっとレストランの人も、毎日のように食事に来る家族を不思議に思っただろうと思います。けれども詮索するようなことは、もちろんありませんでした。そして「フルコースで」と大雑把にお願いするだけで、毎日メニューがかぶることのないよう、メニュー表とは無関係に献立を変えてくれていました。食べ過ぎにならないよう、それでいて見た目のボリュームが変わらないように、料理の量を加減してくれたり。そういう細やかな心遣いも、父がその店を気に入っていた理由のひとつです。

父の亡くなった日も、いろいろ手配を済ませてひと段落した後に、昼の部の閉店間際のその店に連絡して昼食を取りました。その夜、レストラン宛てにメールを出しました。父が亡くなったこと、それまで連休ごとに毎日食事に行っていたのは父のためだったことを説明し、これまでどうもありがとう、と。翌日、レストランのマネージャーから丁寧な返事が届きました。

父の49日の会食は、そのレストランにお願いしました。父のお気に入りだったレストランなら、父を偲ぶのに良い場所でしょう。それに、せっかく人が集まる席だから、おいしいもの出したいしね。このお店なら、安心。楽しく思い出話をしながら食事を終わらせ、そろそろ席を立とうかという頃、マネージャーを先頭にお店の人たちがぞろぞろと母の席までやって来ました。そして「この度は…」と全員で深々と頭を下げ、「このような大事な日に当店をご利用いただきまして、ありがとうございます。これは、我々からお父様への感謝の気持ちです」と、母に花束を渡しました。母が抱えると顔が隠れてしまいそうなほど大きな、白い薔薇の花束です。母は「まあ、きれい。まあ…」と言ったきり、言葉を詰まらせていました。

昨日も、そのレストランに出かけると、「お久し振りです」。そして「いつもくらいの量のフルコースでよろしいですか」と確認するだけで、特にメニューも見ずにテキトーにお願いできる気安さがうれしい。食後の飲み物も好みを覚えてくれていて、「いつもどおりでよろしいですか」とひと言確認するだけなのよね。もう父と一緒に行くことはないけれども、これから先も機会があるごとにここで食事をするのだろうと思います。

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