露店を出しながらチャットしてたら、部屋の掃除を始めた姉御につられて、自分も机の周りを片付けてみたり。なのに、買ったまま読まずに取ってあった本が出てきて、つい読み始めてしまいました(これだから、ちっとも片付かない)。
岩波新書から出ている「やさしさの精神病理」という本です。なぜ買ったのかは覚えてませんが、「へー、今どきの若いモンはこうなのかぁ」みたいな年寄りの視点で読むつもりでいたのに、読み始めてみたら何だか…。あれあれ…。次のくだりなんて、つい数日前の日記に書いた自分のことそのままです。
“やさしい” 人々は「無神経な人」と距離をおくために、相手に応じてさまざまな手立てを講じます。…(略)… もちろん、そういう手立てが功を奏さぬこともあります。その場合は仕方がないので、「これは相手が悪かった」と思って「無神経な人」のウットーシサに耐えているほかはありません。耐えに耐えてもう限界、ということになったら?それ以上無理をして本当に傷ついてしまうのは嫌なので、「無神経な人」のいる学校または会社へ行くのをしばらくやめます。
学校や会社へ行くのをやめちゃうほどではないにしても、逃げ出すことに変わりはないわけで。自分のダメなところというか、何とかしたい部分を言葉にするとこういうことだったんだなぁ、というのがわかる本でした。「やさしさ」というよりは「弱さ」と置き換えた方が良い感じ。だって、自分がやさしい人間とは思えないもの。必ずしも現代の人にこういう人が増えていると言っているわけではなく、精神科医を訪れる人の中に、このタイプの人が目立って増えている、という話のようです。
このタイプの人同士というのは、うまく行っている間は摩擦もなく穏やかに付き合っているけれども、何しろ誰とでも一定の距離を置きつつ付き合おうとする人同士というのは互いの絆が弱いので、些細なことであっけなく関係が崩れがちなのだとか。うんうん。最近の自分の経験に照らしても、まったくそのとおり。
ではどうすれば良いか、という一般的な処方箋なぞなく、単にエピソードと分析が書かれているだけの本なのですが、久し振りにいろいろ考えさせられる本でした。まあ、考えさせられただけで、どうしたら良いのかさっぱり見当がつかないままなわけなんですけども。